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東京高等裁判所 平成6年(ラ)801号 決定 1994年10月24日

主文

本件抗告をいずれも棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一  抗告の趣旨及び理由

抗告人らは、原決定を取り消し、主位的に、抗告人らが原決定別紙休日目録記載の各日を個人別休日として行使できる地位を有することを仮に定める、との、予備的に、抗告人らが年間一六日の個人別休日を有すること、及び抗告人らの所定労働時間が平成六年一月から一八五六時間であることを仮に定める、との裁判を求めた。

抗告人らの抗告理由の要旨は次のとおりである。

抗告人らの時短の権利は、既に詳細に主張したとおり(その要旨は、原決定書の「第二 事案の概要」欄記載のとおり)、既に平成五年度においてこれを個人別休日として取得することにより消化するとの相手方とソニー労組との合意に従って実行された経緯があり、かつ、現在、相手方が、時短協定の一部解約が有効であると主張して、本件時短協定の短縮時間の消化方法について事業所毎に交渉、協議すること自体を拒否している以上、平成六年度においても平成五年度と同じ方法により消化すべきこととなるのは当然であり、しかも、相手方において、抗告人らの申入れた休日取得希望に対して、許された調整をすること自体をも拒否しているのであるから、選択債権の特定、条件成就の妨害、信義誠実の原則等の法理に照して、すでに抗告人らの希望どおりに休日を取得すべきことに確定しているというべきである。原決定が、この点を看過し、相手方が決定しない限り具体的な請求権とはならないとしたのは誤りである。

仮に抗告人らの時短の権利の実現のためになお相手方がこれを具体的に決定する必要があるとしても、既に四〇時間と特定した時間短縮の消化方法について交渉、協議することを相手方が拒否しているからといって、抗告人らになんらの救済も与えられないとすれば、正義に反すること甚だしい。抗告人らの予備的申立てが容れられれば、必ずや相手方は、消化方法についての交渉、協議に応ずるに違いないのである。原決定は、仮処分が公権的な判断であり、相手方の地位に与える影響力が大きいとして仮処分をすることを拒否したが、理由にならず、不当である。

原決定は、相手方が抗告人らに対して年休の前倒しを無条件に認めるとしているから、これにより休日を取得すれば、特定の日時に休務する必要を充足することができることを保全の必要性を否定すべき理由としているが、抗告人らが求めているのは、特定の日時に休務する必要の充足のみではなく、平成六年中における時短の権利の実現なのであるから、理由にならない。

二  当裁判所の判断

当裁判所は、抗告人らの本件各仮処分申立ては、いずれも理由がないものと判断する。その理由は次のとおりである。

有効期間の定がない労働協約は、当事者の一方が、署名し、又は記名押印した文書によって、解約しようとする日の少なくとも九〇日前に相手方に予告して、これを解約することができるのが原則であり、当該文書に解約しようとする日の特定を欠いた場合でも、右期間を経過した日に解約の効力を生ずるものと解して差し支えない。無論、労働協約は、労使関係の平和、安定を目指して労使双方の協議等を通じて成立するものであり、特に労働条件その他労働者の待遇に関する基準にかかわる部分については規範的効力を認められるものであるから、恣意的な解約が権利濫用等の理由によりその効力を否定されることがあり得るのはいうまでもないし、多くの場合には、一々の労働協約は、その内部において相互に関連を有する一体的な合意であるから、一方の当事者が自己に不利と考えるその一部を取りだして解約しようとすれば、残された他の部分により他方の当事者が当初予想しなかった危険、損害を被ることもないではなく、解約は当該一つの労働協約全部に及ぶのを原則とすべきものと解することができる。

本件労働協約は、原決定摘示のとおり、平成四年四月二七日にソニー労組と相手方との間に成立したものであり、かつ有効期間の定は置かれなかったところから、相手方は、平成五年一二月一七日付をもってソニー労組に対し、本件労働協約のうち所定労働時間を平成六年一月から一八五六時間とするとの部分を解約する旨通知したのであるが、右に述べたところからすれば、先ず形式的には、平成六年一月からという意味においてではなく、労働時間短縮に関する部分という意味において協約の一部を特定した解約であり、これを許すことができるか否かに疑問があり、仮に一部の解約が許される場合にあたるとしても、解約が恣意的であってこれを許すべきでないとする事情があるか否かが問題である。

本件で主張されている労働時間短縮は、全体を二つに分かち、一を賃金に関する項目に当て、二をその他の項目に当てた本件労働協約の中の、後者(その他の項目)の複数の項目の内の一つに位置づけられており、かつ他の項目がなんらの条件を付することなく、一定の行為をすべきことを定めているのと異なり、「生産性向上、業務の効率化、その他制度の多面的な見直し等経営体質強化に必要な対応を行うことを前提として、次の施策を実施する。」との前文が付せられている。この前文の解釈は必ずしも一義的であるとはいい難いが、いわゆる企業体力を落とすことなく労働時間の短縮を実現するとの方針の宣明であると解することができ、生産性向上等のための諸施策を講ずることができなくなったときには労働時間短縮を義務付けられるものではない趣旨であると解するのが常識的である。これを逆にとって、労働時間の短縮はいかなる条件下においても行うこととし、相手方においては、これに応じて生産性向上等のために所要の施策をも講ずるが、後者が不可能であるか又は奏効しなかった場合にも、これによって生ずる危険、不利益はすべて相手方において負担すべきものとする趣旨であると解するのは、その成立に書面性を要求される労働協約の解釈の方法として当を得たものとはいえない。

そうだとすると、当事者双方において、このように前提条件の付せられた他とは性質の異なる条項をおいたからには、これを他の部分と切り離して扱うこととなることも当然に予想されるべきことであったといわなければならない。そして、生産性向上等のための施策を講ずることができない事態に立ち至ったのかどうか、施策が奏効しなかったのかどうかについて、格別これを確定する手続が協約の中に定められているわけではないから、その事実の存否は、別個に扱うための条件となるわけではないと解される。

労働協約は、これを一体として解約することができるに過ぎないのが原則であるとはいえ、このように協約自体のなかに客観的に他と分別することのできる部分があり、かつ分別して扱われることもあり得ることを当事者としても予想し得たと考えるのが合理的であると認められる場合には、協約の一部分を取りだして解約することもできると解するのが相当である。協約成立時において、他方の当事者が、あれこれの思惑から、他の条項との間に主観的に密接な関連があるものと了解し、承諾したという事情があるとしても、そのことをもってこれを否定することはできないというべきである。

本件においては、解約が権利の濫用であるとしてこれを許すべきではないと認めるべき事情は見当たらない。

そうだとすると、一部の解約が却って抗告人らの利益になるのではないか、など他に斟酌すべき点もあるが、それらを措いても、本件協約のうち、所定労働時間を平成六年一月から一八五六時間とするとの部分は、平成五年一二月二七日から三月を経過した平成六年三月二七日の経過をもって解約されたものと認めるのが相当であり、抗告人らの本件仮処分の申立ては、これが有効に存続するとの前提を欠くものであり、理由のないことは明らかである。

抗告人らの仮処分の申立てをいずれも認めなかった原決定は、その結論において正当である。

よって主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小川英明 裁判官 田村洋三 裁判官 曽我大三郎)

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